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【第1話】どこに行っても地獄!憧れた世界の現実を知り悟りを開く

憧れ≠現実

こんにちは!
マンキーです!(^O^)/

これから僕の人生のストーリーをお話しします。
思い立ったら即行動で
実はあまり何も考えずに走り出すタイプなので
他の人の数倍失敗してると思います(笑)

第一回は料理人編
ほぼすべてが失敗だった料理人時代のお話です。

料理人は小学生のころからの夢だった

小学校2年のある日の宿題が
「将来の夢を書いてきましょう」

というものでした。

何をしているときが楽しいかなー
と考えて

お母さんの手伝いで料理をしたことや
家族に晩御飯を作って喜んでもらったことを
思い出して

「コックさん」

と書いて宿題を持って行った日に

大人になったら料理をやる

ということが自分の中で決定したんです。
(このころから一度やろうと思ったことは
やるまで曲げない性格)

その後は
「料理やるから学歴とかいらないもんね」
と思って

行きたかった料理学校の入学に
高卒資格が必要だったという理由で

何も考えずに近所の高校に進学

中学の頃はテニス
高校の頃はバンド活動に明け暮れ

大阪の有名料理学校に入学

その時は街に出ていけるということで
希望いっぱいでした。

ここから地獄のような日々が始まるとも知らずに、、

最初の店が一番の地獄

仕送り0の1人暮らしで
専門学校に通っていたので

生活のためと
料理の勉強のために

ちょっとおしゃれなイタリアンの店で
働くことになったのですが、
ここが飲食やってた中で一番きつかったです。

今思えば働く前からヤバい雰囲気はあった

面接でお店に伺った時に

・社員さんが
 頭をグワングワン振りながら
 仕込みをしてたり
(寝不足で半分意識を失いながら仕事してたらしい)

・料理長が
「うちは人は足りとるから
別にお前にここで
働いて欲しいわけやないねん」
と謎に高圧的なポジションをとってきたり

そんなことに僕は若干の違和感を感じながら

「千と千尋の神隠し」の「千」みたいに
「ここで働かせてください!」

と言って働き出したバイトでした。

(普通にヤバいってわかるやろ!と言ってあげたい)

そこから地獄の毎日が始まったのです。

最初は何もわからないので聞きながら仕事していると

料理長から
「俺やったら分からへんことあったら、
バイト始まる前に
その日の仕事の準備全部片づけて
聞いてからタイムカードおすなー」
とか、

「仕事中みんなの足引っ張ってるのに、
片付け最後までやらずに帰るの?」
などと言われて言われるままにやっていると、

仕事の前も後も
1時間は無給で働くことになり
それが固定化されたシフトのように、、

バイト終わって
深夜1時とかに家に帰ってから
翌日バイトで提出するための
「本日の反省」というA4の紙を埋める毎日。

あげくの果てに
先輩二人で教える内容が違ったり
(どっちをやってももう一方に怒られる)

何をやってても
「なんでそんなに時間かかるねん!」

「お前はほんまに給料泥棒やな!」

「こんなこともできひんのか!」
と怒鳴られるので

「自分ができないのが悪いんだ」
と心底思ってかなり追い詰められました。

しだいに職場に行くときに
冷や汗がでてるようになって

いつも怒鳴る料理長が来ると
見えないところでも
手が震えるようになったので
辞めることに。

辞めたら本当に世界に色がついて
明るく見えました(笑)

マジで精神的にキツくて
3ヵ月が3年くらいに感じましたね。

8社様々な飲食の業態で働いた共通点

そこから、まずは飲食業界の
色々な業態を知ろうと
短期間の契約で点々と働きました。

・リゾートホテル2つ
・シティホテル2つ
・チェーン居酒屋
・個人経営のレストラン
・フランスの二つ星レストラン
と最初のイタリアンで8業態

色々やってみたらどこかで
良い店に出会えるのではないか
と思ってやってみたのですが
どこに行っても

・長時間
・低賃金
・重労働

先輩は大体死んだような目をして働いてるし

家族がいても関係なく
起きてる時間の大半は厨房にいて

仕事がキツいからか、
理想が高いからか
ちょっとのことを許せなくて
キレる人が多かったです。

一部のシティホテルは
労働時間に見合った給料をもらえるようだけど、

そのほかは拘束時間長いとか関係なく
「みなし残業代」という謎システムで
社員は定額制の使い放題という扱いの会社が
普通にあるのが飲食業界の常識のようでした。

あるリゾートホテルでは支配人面談で
「なぜ料理人という
社会的身分の低い職種
働こうと思ったんですか?」

と19歳の時にハード目な質問をされて、
「働くってなんだろう?」
って考えたりもしました。

(ちなみにその時は
「お客さんが喜んでくれたら
うれしいからやってます」

みたいな答えを返して
不思議そうな顔をされました。
今でも社会的身分よりは
目の前のお客さんのために働くのが好きな自分です)

その当時は
参入する業界によって
能力に関係なく
稼げる金額が大きく変わる
ということがわかっていなかったし、

親も
「とにかくやりたいことやったらいいよ!」
と言うような放任主義だったので

ぶっちゃけ何もわからないまま社会に出ており
どんな人生を作ろうと思っているのか
ビジョンがあまりに適当すぎたことに気づきました。←遅い

渡仏して飲食業界で働くということを悟る

そんな日本の飲食業界を知って

海外に行ったらまた違うんじゃないかと思いながら
料理を学ぶためにフランスに行きました。

フランスにある料理学校で半年学んでから
フランスの二つ星レストランで研修させてもらいました。

フランスの料理は文化としてとても素晴らしいし
やってて楽しい仕事ではあったのですが、

労働環境はほぼ変わりませんでした。

そりゃランチとディナー提供してたら
勤務時間は長いわなという感じです。

そして料理人という生き物は
「自分は素晴らしい仕事をしているんだ」
という誇り
金とか
家族とか
プライベートより
優先できて、

「料理だけできたら人生最高だぜ!!」

と思える人がやっていく仕事なんだと
痛感したのもこの職場です。

二つ星レストランの屋根裏部屋で
「この先仕事に人生全部をかけて
それで自分は幸せなのか?」
と自問自答しながら過ごす日々でした。

自分が本当に大切にしたいものって何?

その当時はフランスの
田舎のレストランに住み込んでいたので、

毎日仕事終わりには
周りに営業している店もなく、
日本語をしゃべれる相手もおらず

考える時間はたっぷりとあったなかで、
「何があったら死ぬときに後悔しないかな」
と考え続けて見つけた

自分が人生の中で大切にしたいものは
「子供を育てて家族と過ごす時間」でした。

その当時、遠距離で付き合ってた彼女(今の嫁)
と家庭を作って
それを守っていくための方法が
俺には必要だと思いました。

その時の状況は
学歴なし
金なし
飲食以外の経験なし

ここから人並み以上に
稼いで家族との時間を作る方法

この作戦を毎日のように考えてました。